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【心から祈りを捧げます】3月11日東日本大震災に想う。

はじめに

皆さま、こんにちは。

東日本大震災から11年。今日1日は震災当日に感じたことをツイートをしてまいりました。そしてまとめをブログに書こうとパソコンのスイッチを入れたところです。

しかし肝心の本震の場面の振り返りをしてませんでしたね。

それでは、まいります。

2011年3月11日(金) 14:40 千葉県某所

その日は今日と同じ金曜日でした。僕の仕事は週末の木曜と金曜は繁忙日。それで震災当日も「今日は本当に終わるかぁ💦」とブツブツ言いながら仕事をしていました。

その時午後3時少し前、遠くで微かに耳鳴りが聞こえるかな?と思っていると。

「ゴォー」っという空気の振動が大きくなってきたと思った瞬間、オフィスの床が波をうったような錯覚に陥るほどの激しい揺れが起こりました。もう立っていられません。椅子にも座っていられません。

「今回の地震は大きさが違うぞ!」

オフィスにある高さ2mを超えるキャビネットが「ガチャン、ガチャン」と今にも倒れそうな勢いで頭を振っています。

「キャビネットから離れて!」「床に伏せろ!」と叫びました。

2分くらい揺れたでしょうか?働く仲間たちも何が起きたのか呆然としており。女子社員は泣き出す始末。

そして揺れが治まり頭が働き始めると。

俺んちは大丈夫か!

僕はとっさにそう感じました。しかし妻の携帯に繋がりません。

オフィスの電気もつかなくなりました。

余震が続いたのでビルの前にある駐車場に一時避難。同僚のスマホには「東北太平洋沿岸に津波が押し寄せている」ニュース映像が流れておりました。ここにいてもらちが明かないので今後の対策をしようとオフィスに戻り。

相変わらず電話はだめ。そしてエレベーターも使えなくなり。オフィスにいても仕事にならないので帰宅命令が出ました。

この顛末の間も僕は妻に連絡を入れており。その時は本当に覚悟しました。そのツイートです。

無事でよかったぁ!

やっと妻に連絡がとれ「今から帰るよ」と伝えました。ホッとしたのも束の間。

家に帰らねば!

普段なら20分ほどの距離ですが信号機が全滅しており交差点では「譲り合い通行」。途中渋滞もしており1時間ほどかかりました。

妻と当時飼っていた3匹の犬たちは薄暗い中、庭に駐車していた「軽ワゴン車」の中でうずくまっていました。

でも無事でよかったぁ。

力が抜けたような安心感を得たのを思い出します。

その時のツイートです。

あの日家族の無事を知った時は「ホッ」としました。
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ハスヌマ ゴロー(蓮沼 五朗)
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