仕事と家族と日々の生活と

【🇺🇦からの長旅お疲れ様でした】このご縁に感謝いたします。

避難親子を横浜までお送りしました

皆さま、こんばんは。

ブログにも何度がご登場いただいているのぶさん(のぶさんのTwitterプロフ)が支援しているウクライナ避難民の親子(母と娘)を成田空港まで迎えに行きました。

そして空港から投宿先の「横浜」までお送りする係をお手伝いすることに。

【今日はもうひと記事】理不尽な暴力への怒り、平和への想い。そして明日はいよいよウクライナ🇺🇦。 明日はいよいよ 皆さん、こんばんは。 やはり書かずにいられませんでした。 明日いよいよ僕はTwitter仲間...

本当に心の底から感動した貴重な経験でしたので、記事にまとめようと思います。

それではまいりましょう。

まあ気長に待ちましょう。

親子が登場した便は定刻12時30分成田到着のポーランド航空でした。ところがワルシャワの出発が遅れたらしく到着が遅れ実際には「13:01着」。

のぶさんによると、成田空港でもPCR検査があり、入国審査を含めロビーで会えるまで「2時間程度」はかかるのではとのこと。

「じゃあロビーに出てくるのは15時頃ですかねぇ」と二人で話をしておりました。

のぶさんとは当日の14時頃、予定通り到着フロアーでお会いし「それじゃ待ちましょっか?」となりました。

途中とあるテレビ局の記者さんから「ウクライナ避難者の支援団体の方ですか?出来れば取材をお願いしたいのですが」と声をかけられ、その記者さんによると「PCR検査時間がかなるんですよね。今日の便はお客さんも多くて、ロビーに出られるの16時頃じゃないでしょうか?その頃にまたお声を掛けさせていただきます」とのこと。

まあ気長に待ちましょうと。

16時を過ぎ、他の避難支援団体と到着した避難者であろう人たちの出迎えシーンが「ちらほら」見えてきました。

中には日本にいるウクライナ人のお子さんが呼び寄せたであろう「ご両親」と抱き合ってるテレビドラマと同じような「再会シーン」を目の前で見ました。

しかし、出てきませんねぇ〜。

ところが、肝心の二人が17時を過ぎてもロビーに出てきません。

飛行機は到着いるのにわずかな壁を隔てた距離で会えないもどかしさを感じ始めました。

時計の針はまもなく17時半、どんどんロビーに出てくるお客さんが増えてきました。

のぶさんのスマホに「出ました」とのメールの着信があり、

「出ましたってどこやろ?」「迷ってるんちゃうか?」とのぶさん。

僕らは結構焦って、2か所ある出口付近を「行ったり来たり」。

すると、僕らが立っていた逆側の出口から出て、案内表示板付近にいる上下スエット姿で大きなスーツケースを抱えている「親子」の姿を発見!

「のぶさん、この人たちじゃないすっか?」と僕。

のぶさん「XXXさんですか?」(ウクライナ語)

女性「はいそうです!」(日本語)

やっと、会えましたぁ!

会えましたぁ!

本当にやっと会えました。

空港を後にします。

そして、遅くなりそうなので横浜へ急ごうと僕の車に乗り込み空港を後にします。

途中、飲みものを買いにパーキングエリアに立ち寄り、その後は目的地まで真っ直ぐ向かいましょうということに。

僕は緊張こそしませんでしたが、責任重大なのでとにかく安全運転を心がけました。

しばらくすると、東関道の習志野付近から渋滞が始まり、

ダラダラ行く中「浦安付近」に入り、僕が「のぶさん、そろそろディズニーランドですよ」と言うと、

それを説明しようと首を振り向き、後部座席にいる二人を見たあと、

「ぐっすりですね。寝かしておきましょう」(のぶさん)

「そうですね」(僕)

とそのまま寝んでもらいました。

二人がすやすや寝ているところから僕の運転も「及第点」だったかなと思っています。

首都高「葛西」を抜けると渋滞は解消。お台場〜東京港トンネル〜羽田西〜川崎と車は順調に進んで行きます。

のぶさんとは車の中で色んな話をしました。仕事のこと、Twitterのこと、家族のこと、読んだ本のことなど、共通の話題も多くあり。またのぶさんが知識豊富なので話が面白く、あっという間に車は横浜です。

いよいよ横浜です。

いよいよ横浜みなとみらいのビル群が見えてきて、そろそろ高速の出口。

横浜市内の一般道を20分くらい進むと「目的地付近です」とナビの音声案内が。

ただ横浜の土地勘のない僕は少し迷ってしまいました。

やっと投宿先のホテルを見つけたものの、近くに駐車場が見当たらず、少し離れたコインパーキングに車を止め、ホテルまで10分くらい歩きました。

ホテルにはTwitter仲間で今回の🇺🇦支援チームメンバーのすのぴくさん(すのぴくさんのTwitterプロフ)と合流。

チェックイン手続き、荷物を部屋に置き、お二人をホテルに届ける「大役」は無事完了となりました。

僕が二人を見て思ったこと。

僕はこの娘さんの姿を見て思いました。

こんな純粋そのものな姿の10代の子が戦争に巻き込まれ、日本に来るなんて、なんという酷いことが世の中にはあるんだ!と怒り。

しかし、ロシア兵からの魔の手から逃れることが出来て、本当によかったと思う安堵の気持ちが入り混じり、送り届ける途中、人眼もはばらず不覚にも涙をこぼしてしまいました。

防空壕にいたとは言え言葉に表せないくらいの恐ろしい毎日だったでしょう。

そしてこのお嬢さんもあどけなさが残るその目で凄惨な光景を見たかもしれません。

お母さんも母国への想いからか涙をこぼす時がありました。

戦争が終わるのが何年後になるかわからず、戦争が終わった後も🇺🇦に帰れるかもわかりません。もしかすると家族揃って日本で暮らせるならそれが幸せかもとの話も。

その日は本当に胸が一杯、人生でもこれほどまでに、印象に残ることはないだろうことを経験しました。

ウクライナの親子二人のご健康と日本での平穏な暮らしを心からお祈りしています。そして、今後とも交流していきましょう。出来ることがあったら遠慮なく言ってください。

そして、この記事の最後に改めまして、ウクライナから来たお母さんとお嬢さん、のぶさん、すのぴくさん、このご縁に心より感謝申し上げます。

それではまた。

ABOUT ME
ハスヌマ ゴロー(蓮沼 五朗)
皆さんこんにちは。僕はハスヌマ ゴロー(蓮沼 五朗)です。このサイトは『健康』『お金』『暮らし』の情報発信をと思って立ち上げました。今後は『蓮沼五朗 ビジネス』として企業紹介や商品プロモやマーケティングなどにもトライ!そんなサイトにしていきます。 みなさまお気軽にお声がけください!