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【悲報】今日はこの日本であってはいけないことが起きた日だ。

今日はこの日本であってはいけないことが起きない日だ。

元内閣総理大臣の安倍晋三氏が元海上自衛隊員で無職の男が放った二発の銃弾によって命を落とされた。

その事件を通じて自分が感じたありのままをここに記録する。誰に読んで欲しい記事ではなく、自分のために書いた記事だ。なので読んでも全く面白くない記事であることをあらかじめお断りしておきたい。

では始める。

この凶行の第一報を耳にしたのはお昼少し前たっだ。

「安倍元総理が撃たれたらしい」

とスマホを見ていた同僚の声。

すぐさま自分もTwitterで確認。

「安倍元総理 撃たれる。容態不明」

そして、自分のタイムラインには第一報の前に受け取っていた、いつも通りの「くだけた」やりとりがあり、取り急ぎ「リプライ」と「いいね」をした。

家でテレビを見ているであろう妻にLINEをする。時刻は12:20。

即座に妻から「心肺停止の状態です」との返信があり。折り返し「厳しい状況でしょうね」とリプライをした。

「厳しい状況」これは直感的な印象である。

そしてこの事件に関連するツイートの第一声。

どうか命だけは繋いでほしい。助かってほしい。本心でそう思った。

今日に限って皮肉にも仕事が忙しく、でもどこかで早く情報を確かめたいと、はやる気持ちがあり。しかし、全く仕事の隙間がない。

Twitterの安倍元総理関連のキャピションは「心肺停止」のまま。

就業時刻の終わりかけでやっと時間が空いた。Twitterを確かめるも、依然として安倍元総理の容体は、心肺停止である。

祈るような気持ちで第2報をツイート。

実はこのツイートを書いている途中で妻から「亡くなりました」のラインが入り、でも心のどこかでその事実を拒絶する自分がいた。

しかし、死亡報道に誤報は無いだろうと思っている途中で、自分のスマートフォンにも日経新聞から「安倍元総理死去」の速報が入った。

そしてその直後のツイート。

今日はいつも通りにくだけた感じで軽いノリのツイートをする気が完全に失せた。そして、もし、これが自分の身内に起こったとしたら、周りの人に騒ぎ立てて欲しく無いなと。ならばお悔やみを申し上げ、そっと静かに見守ろうと決めた。

確かにそう決めたはずだった。がしかし、仲間のツイートを見た途端、自分の感情のメーターが逆に振り切れた。

そして、元総理を狙撃した男に対する最大級の非難の言葉を文字に置き換えて、ぶち撒けた。

いつもは激烈な言葉を慎むようにしているが、今日だけはその感情を抑えることができなかった。そのツイートがこれである。

こうやってを振り返ると昼からの約半日で色々なことが頭を駆け巡った。

自分は報道に携わるわけでもなく、政治にも特別な関わりもない。政治信条があるわけでもなく、何の専門家でもない「市井に住む」一般庶民である。

ただただ、自然死でない亡くなり方をされたことへの無念さを、ナタで一太刀されるくらいの強さで思い知らされた日であった。

そして、私個人としては「命」への関心を人一倍持っている。

以前、武道の師匠に師事をしているとき、常に言われたのは「武道とは死に場所を見つけることにあり」との言葉であった。

そんな記憶が頭をよぎったかと思うと、Twitterタイムラインでの様々なツイートが目に入る。

「弔い選挙になるな」「岸田は有利になるぞ」「為替はどう動くの?」

一人の政治家が凶弾に倒れ命を落とした日であっても、何を発言しようが個人の自由だ。だから不謹慎と言うつもりは毛頭無い。

しかし、誰にでも必ずある命。生きとし生けるもの全てその命には限りがある。なので少なからず自身の命には関心があろうかと思っているが、そうではない風潮になっている。

命の灯火が消える瞬間を、目の当たりにして感じるものが「選挙」や「お金」のことか。正直に申せばそれは悲しかった。

そして、命が軽んじられていると感じる世間の風潮にも危惧も持っている。しかし、命を軽んじてはいけない。

時代が進み、生命科学や医療技術が発展しても、不条理な暴力で命を絶たれる人がいる。今日の安倍元総理のように。そして、いかなる先端の高度な医療技術を持ってしても身体に致命傷を負えば、助からないのもまた現実である。

ならば、この事実とどう向き合えばいいのか?どう発信していけばいいのか?

混乱する頭で考えた。最低限こうしようと思ったことがある。

まず、自分は凶弾に倒れた元宰相の死を、自分の利益に結びつけることはするまいと心に誓った。

そして、タイムリミットが見えている、これからの人生、命を何にかたむけるか、もがいてもがいて、苦労して苦労して、得るものがあるのか。俺は得ることができるか。何を得たいのか。

おぼろげながら、神様か仏様か、既に黄泉の世界へ旅立った父か、何か耳元でかすかに「これ」を得よと囁く声が聞こえた。

「言葉による普遍的な思想」

そうかこれか。よし、そうしてやる。必死に生きてこれを得てやる。残された時間で己が命を傾け必死になって「言葉による普遍的な思想を得る!」と誓った日であった。

そして、この記事を読んでくれた、貴方にはこれを伝えたい。

では繰り返す、命を軽んじてはいけない。重い命だからこそ、必死に生きて、人生の問いに応えるのだ。命をそこに傾けるのだ。

しかし、人生はそんなに甘いものではない。だから、人生の答えなんかありゃしない。

だが、もがいてもがいて、苦しんで苦しむのは、理不尽な暴力に命を絶たれるよりかマシだろう。

だから生きるのだ!!

そして最後に。今回の記事の口絵には蓮の花を掲げた。釈迦図にも描かれていることが示すように、この世と同じ「泥濘」の中から、黄泉の世界の「安らぎ」を象徴するかの大輪の花を咲かせるのが「蓮」である。

安倍晋三元総理の御霊が、黄泉の世界で安らかなか眠りであるよう祈りを込めて「蓮」の口絵を選んだ。

文末ではありますが、謹んで安倍晋三元内閣総理大臣のご冥福を心よりお祈りいたします。

今回はここまで。合掌。

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ハスヌマ ゴロー(蓮沼 五朗)
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