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【スタエフのまとめ!】四苦八苦のお話です。

皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?ハスヌマゴロウ(蓮沼五朗)でございます。

僕の朝のスタエフはぶっつけ本番の一発勝負!自分の頭に思い浮かぶことに少し補足や裏付けをとって収録しております。

今朝も何を喋ろうか収録前に頭が真っ白になり、「そうか!お釈迦様のことばでも紹介しよう!」と思い浮かび、この言葉を選びました。

その言葉とは、

「四苦八苦」

です。

僕はどんな人であれ苦しみのない人生などあらず、生きていれば「悲しみ」や「苦しみ」はつきものであると思っております。そしてその苦しみの根源とは「自分の心のありよう」ではないかと。

だから乗り越えるのではなく、対話しながらうまく寄り添って行ければと考えており。

その寄り添う時にヒントを与えてくれるのが、禅語をはじめとする仏教用語であると思っています。

ただ、今朝の収録はキチンとその言葉の意味をお伝え出来ていなかったと反省しております。

そこで、改めてブログでお伝えせねばとパソコンに向かいまいした。

ではお話を始めましょう。

四苦八苦とはなにか?

生老病死(しょうろうびょうし)

この四苦八苦という言葉は「ブッダ=お釈迦様」がといた言葉と伝わっております。

四苦八苦とは「生(しょう)」「老」「病」「死」の四苦に加え、「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとくく)」「五薀生苦(ごおんじょうく)」の四苦。合計8つの苦しみを表す言葉です。

最初の四苦「生老病死」は皆さんもご存知の通り、人間として命を授かり、母から生まれ落ちた瞬間から背負う苦しみです。どんな人でも避けては通れません。

そして、初めて聴く方も多いと思うのが、次の四苦です。では一つひとつ解説していきましょう。

愛別離苦(あいべつりく)

人生には数限りない出会いと別れがあり、時には死を伴い永遠に会うことのできない悲しい別れもあります。

夫婦や恋人同士、親子や兄弟。もちろん親友など、出会いから深い愛情と信頼を深めた人同士であっても必ず別れの時がくる。

そのいつか必ず来る別れる苦しみがこの「愛別離苦」です。

怨憎会苦(おんぞうえく)

人生では「こいつとさえ出会ってなければ」と思うような、受け入れ難い人。顔を見るだけ、声を聞くだけで、イライラするような人と出会うことがあります。

学校に行けば「短気で乱暴なヤツ」。会社に行けば「憎たらしい上司、言うこと聞かない同僚や部下」。SNSでもそうでしょう。人間が集まるところには必ず自分が受け入れ難い人と会ってしまうものです。それをひと言で「逆縁」と言ったりします。

その会いたくない人に会ってしまう苦しみがこの「怨憎会苦」です。

求不得苦(ぐふとくく)

人間とは欲望、煩悩の塊です。欲しいものがたくさんある。

ハイブランドの洋服が欲しい、スイス製の高級腕時計が欲しい、高級車に乗りたい、広くてお庭のある素敵な家が欲しい、恋人が欲しい、美味しいものを食べたい、旅行にも行きたい、有名になりたい、出世して会社で偉くなりたい、他にもたくさんあるでしょう。

しかし、現実を見渡せば、使えるお金には限りがあり、仕事もせねばならず、遊ぶ時間も限りがあります。美食美酒に溺れれば健康を害すかもしれません。

そんな望んでも手に入らない苦しみ、思い通りにならない苦しみがこの「求不得苦」です。

五薀生苦(ごおんじょうく)

最後の苦しみは人間が肉体を持つが故の苦しみです。肉体を持つと言っても、心臓のように不随意の臓器があり、それは人間の意志で止めたり動かしたりが出来ません。

自分の四肢も事故で欠損した場合に、再接合することが困難だったり、再生することはまず出来ません。

結局人間とは何なのか?誰もが死ぬ運命にあるのに「生きる意味」とは何なのか?

肉体を持ち、脳や意識を持つがゆえに「自分の存在すること」への意義を考えることがあるのではないでしょうか?

人間として存在するがゆえに答えのない問いを繰り返す苦しみを「五薀生苦」と言います。

では「まとめ」です。

人間が人間たる証拠というか、「死」以外で生きる上で必ずあること。それは「苦しみ」と「忘却」です。

冒頭でも申し上げましたが、僕自身好んで苦しもうとは思っていません。しかし、今までに様々なことで悩み苦しんだことがございます。そしてこれからも苦しむことがあるでしょう。

今回の記事を思い立ったのはSNS上で「あなたは苦しまないでいい存在です」とつぶやく言葉に違和感を覚えたからです。そして、僕はあえて人間とは生まれたがゆえに、押し寄せる苦しみと向かい合いながら生きてのだ!というメッセージを送ります。

僕は人が苦しまない方法を知りません。ただ苦しみが少し楽になる方法を最後にお伝えします。

この本に書いてありました。引用します。

つまり自己とは、死ぬまで生活の中で問いつづけるものであり、回光返照(えこうへんしょう)を繰り返しながらも、答えは生き方にしかないと言うことだ。

『禅的生活』 玄侑宗久 ちくま新書 フリガナはブログ著者による 

回光返照とは「いま」「ここ」にある自分自身の体と意識。生活する実態に意識を向けること。他人ではなく意識を自分に向ける。内向内観する。自分の存在とはいまここにある「存在」でしかない。それに気づくこと。そして全ての苦しみは自分の意識が生み出しているのだと気づくことです。

他人と比べず、他人に依存せず。いまここにある自分に意識が向くとき「回光返照」。照り返す光がご自身の心を照らすかもしれません。そして心に向かって生きることでの問題を見つけ、実生活の中で答えを見つけてください。

だから今の自分に集中しましょう。それを「前後裁断」と言います。これもまた仏教用語です。

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それでは今回はここまでにしましょう。

ここまでハスヌマゴロウ(蓮沼五朗)がお伝えしました。それではまた。

参照サイト

この記事作成に当たって、日蓮宗ポータルサイト「いのちに合唱」を参照いたしました。

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ハスヌマ ゴロー(蓮沼 五朗)
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